技術と経験

7 11 2012

今日は、ちょっぴり仕事で失敗したので、ふと思ったことを書いてみた

 

ボクを懇切丁寧に指導してくれた優しい(時に厳しい)上司は海外へ先日赴任していった

 

それから、ボクがその人に教えてもらっていた通りに仕事をこなしていた

 

ベテランのその上司がやめたことで効率的に仕事はできていない(客観的にみても明らか)

 

埋め合わせは残業や休憩時間を極力減らして対応している

 

職場は楽しいし、自分の仕事もできるし、仕事は自分の性格にあっている(と思っている)

 

としても自分の横にためている仕事がなかなか減らない状況に自分自身がイライラするし(完璧主義なので)

 

それが災いとなって、周りがみえなくなる時もあるし、なんだかなぁと思ってしまいました

 

その上司は「効率的に」が合言葉のようにスルスルと仕事をこなしていくのです

 

それを見よう見まねでやっていても、どうしても「経験による技術」という部分は

 

ちょっとやそっとで埋め合わせが効かないものだなぁ、と認識できました

 

どれほど真似ることができようが、どれほど効率的になろうが

 

その人がうまくやっていた「経験による技術」は、自分が手にするにはかなりの時間と労力と努力が必要だな、と

 

今の就職でも、「即戦力」とかいう言葉だけが先走っているように思える

 

その「即戦力」に見合った「経験による技術」は、どれだけの年数がいるものなのだろうと

 

それを個人が持ち合わせるにはどれほどの労力が必要なのか、

 

それを企業が負担する気力さえこの国の企業は持ちあわせなくなったのか(もちろん全ての会社がそうではない)

 

とかいう疑問が沸々と湧いてきたので、この辺で考えるのをやめにしました

 

よくわからない駄文でごめんなさい。

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