19950117-20110311

17 01 2012

今日という日は特別なものになると思います

阪神淡路大震災から17年経っただけでなく、東日本大震災を経験してはじめての年になるということがあります

 

 

 

昨日、タクシーに乗っていたときに運転手の方とこの話題になりました。

 

1、長距離タクシードライバー

タクシーの運転手さんは昔、長距離のトラック乗りだったらしく

阪神淡路大震災のあと東京へ仕事に行く帰りに救援物資を積んで帰ることが毎日あったそうです

そのときに神戸の道路事情が芳しくなかったらしく

片側一車線しか通行できないなか、宝塚の支援センターと東京の往復をし続けたそうです

今回の東日本大震災は、そのことが頭をよぎったらしく

5月ごろに物資をもって東北へ向かったそうですが

高速は車両が規制されていて(自衛隊など)、一般道からまわり岩手に入ったそうです

 

 

2、若いときの糧

運転手さんは東北に友人が多くいるらしく、

地震発生後一週間はなかなか連絡がとれなかったそうです。

緊急伝言ダイアルに伝言を残すなどしていたそうです。

この東北の友人は自分の親戚筋とは違って

若いときに車で日本一周をしたときの友人だそうです。

宿をとめてくれたり、100円で入れる温泉にタダで入れたり

猟師さん家に突然泊まらせてもらい、熊の肉をごちそうになったりしたそうです。

そのときの経験から5月に東北へいったとき

通常難しい山形から一般道で山越えをし、岩手に入ることができたそうです。

若いときの経験が本当に十二分に活かされている話だと思いました

 

 

3、TOUHOKU

その東北で被害をうけたのは、原発事故の福島県をはじめ

岩手・宮城・青森の太平洋沿岸部がほとんどだったのですが

運転手さんが9月に山形と秋田に観光で行った際、

各地の農園や名所は閑古鳥が鳴いている様子だったそうです

物産展の人に聞いてみると

「【東北】という括りでみられることが多いので、ほとんど被害のなかった日本海側の秋田や山形まで

風評被害のようなものをうけてお客さんが全くこない」

と嘆いていたそうです。

その観光にいったタクシー運転手さんは、

旅館の方々に泣いて喜ばれたと言っていました

それほど深刻なものだと初めて知りました。

 

4、奥州平泉

僕は、もともとそこまで東北地方に興味はなかったのですが

今回の震災が発生し、原発事故が起きたときに、ある程度収束したらこの目で見に行きたいと思っていました。

関西広域連合で大阪は岩手の支援担当だったことと

平泉が世界遺産になったこともあったので、必ずいこうと思っています。

そういうと運転手のおじさんは、

「ぜひ秋田や山形に行ってみてください。

田園風景広がる【これぞ日本の田舎】という姿がみれますし

温泉も各地にありますし、なにしろ食べ物もおいしい

絶対喜ばれると思います」とのこと

余裕があれば山形に行ってみたいと思いました

 

 

5、映像でみた震災

阪神淡路大震災のときは記憶があまり鮮明ではありませんでした。

ただ、今回の東日本大震災は映像でこの目にくっきりと刻み込まれました

このことを忘れずに伝えることこそ2つの大震災を経験した僕にも託されたことだと思いました。

とりあえず東北へ一度行きます!

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